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プロジェクトマネジャーのためのエンタープライズアーキテクチャ


はじめに
「エンタープライズアーキテクチャ(EA)」と聞くと、少し堅苦しく聞こえるかもしれません。あるいは、アーキテクト専門の世界だと感じる方も多いでしょう。けれども私は声を大にして言いたいのです。いま、プロジェクトマネジャーこそがEAを必要としています。なぜなら、変化の激しいこの時代において、単にプロジェクトを成功させるだけではもはや十分ではありません。プロジェクトマネジャーは、組織の変革を牽引する存在として、「どんな未来像を実現したいのか」を見極め、それに向かって組織全体を導く力が求められているからです。
本記事では、EAという“魔法の地図”を手にしたプロジェクトマネジャーが、どのようにその地図を読み解き、航海を進めていけるのかを、私自身の実践と気づきを交えてお伝えします。ぜひ肩の力を抜いてお読みいただければと思います。

エンタープライズアーキテクチャとは「物語」である
EAの源流をたどると、1980年代のジョン・ザックマンにたどり着きます。建築設計にヒントを得た彼の「ザックマンフレームワーク」は、組織の情報構造を多面的に整理し、全体の整合性を担保する設計思想として今なお多くのフレームワークに影響を与えています。

実はこのEAの物語、どこかファンタジーの冒険譚のような広がりがあります。EAは“ビジネスとITの世界をつなぐ架け橋”として登場しました。その架け橋を渡って、多くの冒険者——すなわちEA実践者たちがTOGAF、FEA、DoDAFといった地図を手に旅をしてきました。
そしていま、EAは“常に変化する迷宮”の中を進む企業にとっての魔法の地図のような存在です。クラウド、AI、ビッグデータといった新しい風景が広がる中で、EAは未来への扉を開く鍵となり、ビジネスと技術を統合する力を持っています。それは私たちが迷宮を漂流することなく、この冒険の中で光を照らす役割を担うのです。プロジェクトマネジャーにとっても同じです。特にプロジェクトマネジャーにとってEAは、「このプロジェクトはなぜ必要なのか」「どこにつながっているのか」という文脈を与えてくれます。個別最適に陥りがちな現場で、EAの視点は常に“全体との接続”を示してくれます。

EAは通常、ビジネスアーキテクチャ(BA)、データアーキテクチャ(DA)、アプリケーションアーキテクチャ(AA)、テクノロジーアーキテクチャ(TA)という4つの視点を持ちます。これらは、戦略・業務・システム・インフラという階層を横断的につなぐことで、関係者の相互理解のための共通言語としての機能を果たし、プロジェクトマネジャーの意思決定を後押ししてくれます。

DX時代にこそEAが求められる理由
企業の現場では、サイロ化・老朽化・複雑化といった構造的問題が積み重なっています。こうした背景のもと、EAは「段階的に全体を変える」ための設計思考として再評価されています。大規模リプレースに頼らず、リスクを抑えながら、持続可能なビジネス基盤を整えるフレームとしての価値が見直されているのです。特にDXが進行する現在、EAには「ビジネスとITを再統合する視座」が求められています。技術に翻弄されるのではなく、戦略と構造、実行を結ぶ“筋の通った変革”を実現するための設計図——それがEAの真価です。
EAを読み解くうえで鍵となるのが、「モデルドリブン」「データドリブン」「ビジネスドリブン」という三位一体の視点です。構造を“見える化”し、意思決定の基盤を整え、価値創出の文脈を描く。プロジェクトマネジャーがこれらのレンズを持つことで、プロジェクトは単なる一施策ではなく、“未来につながる実践”へと昇華します。

プロジェクトマネジャーがEAを実践に活かすために
EAという言葉に初めて触れると抽象的に感じるかもしれませんが、プロジェクトマネジャーの皆さんにはぜひ“自分ごと”として捉えていただきたいと思います。ここでは、私の実践を通じて感じた3つのヒントを紹介します。

1つ目は、「全体視点で問い続けること」。EAは「ALLではなくWHOLEを描く」営みです。「この要件は、どの価値にどう貢献しているのか?」と、問い続けることがプロジェクトマネジャーの説得力を高めます。
2つ目は、「図を共通言語にすること」。EAの成果物は、専門の違うステークホルダーを結ぶ“翻訳装置”です。ビジネスフロー、概念モデル、鳥瞰図などが対話のきっかけとなり、組織の理解と一体感を促進します。
3つ目は、「アジャイルとの両立」です。EAはウォーターフォールと対立するものではなく、Disciplined Agileのように、俊敏性と整合性を両立するアプローチとして活用できます。EAを“柔らかく”捉え、現場と経営をつなぐ道具として使う柔軟さこそが、今求められているプロジェクトマネジャーの力量ではないでしょうか。以下に、プロジェクトマネジャーにとってEAが果たす4つの価値をあげてみます。

・プロジェクトの“文脈”を与える地図となる
プロジェクトマネジャーは単にWBSを進める存在ではなく、「この取組が何を目指しているのか」を把握し、チームに伝える役割を担います。EAがあれば、その地図を手にして迷わず進むことができます。

・関係者との“共通言語”をもたらす
ビジネス・IT・現場それぞれの文脈をEAの成果物を通じてつなぐことで、関係者の誤解や対立を避け、一枚岩で進む力が生まれます。

・「部分」から「全体」へ視点を引き上げる
個別の要件や制約の背景にある“全体の構造”を理解できれば、プロジェクトマネジャーの意思決定や優先順位付けにも一貫性が生まれます。

・アジャイル時代の“戦略的柔軟性”を支える
変わり続ける現場でこそ、「変えてはいけないこと」「変えてもよいこと」を見極める判断軸が必要です。EAはその軸を提供してくれます。

 組織のアジリティが求められる近年、エンタープライズアーキテクチャとプロジェクトをの境目が曖昧になってきました。それは決して悪いことではなく、むしろ企業がより柔軟で適応力のある組織になるために不可欠なことと言えます。アジャイルな環境では、これらの役割が相互に補完し合い、一貫した戦略の実現と具体的な業務改善を同時に達成することが求められます。結果として、EAとプロジェクトマネジメントはそれぞれにおいて統合的なアプローチを取り、企業全体の目標達成に向けて協力していくことが必要でしょう。

これからのEAはどこへ向かうのか
従来のEAは、計画と管理の道具のように見られがちでした。けれども、いま必要なのは“まちづくり”のようなアプローチです。プロジェクトマネジャーとアーキテクトがともに、変化を共創し、新たな価値を探っていく——そのような有機的な連携こそが、これからのEAの進むべき方向です。創発的で、ヒト中心で、ソシオテクニカルなEA。それは一見抽象的ですが、プロジェクトマネジャーが現場の肌感覚を持ち寄ることで、現実に根ざした未来構想が可能になります。まさにプロジェクトマネジャーこそが、未来設計の当事者の一人なのです。

さて、あなたの組織ではどうでしょうか? プロジェクトを動かすだけで精一杯になっていませんか? そのプロジェクトは、組織の未来とどうつながっているでしょうか?これからのEAは、問いを共有しながら進む「集合知のデザイン」でもあります。その中心に立つプロジェクトマネジャーが、“次の章”を描くキーパーソンとなっていく将来像をイメージしてください。これからのプロジェクトマネジャーに求められるのは、このような“未来の設計者”の一翼を担うことだと強く感じます。

おわりに
本ブログ記事の締めくくりにあたり、「デジタル変革をリードするプロジェクトマネジャー」という未来像をあらためて強調したいと思います。プロジェクトマネジャーがEAの視座を手にすることで、単なる実行者ではなく、変革の方向性を示すナビゲーターとなれるはずです。
いま、エンタープライズアーキテクチャは専門家だけのものではなくなりました。IPAのデジタルスキル標準においても、EAの理解と実践は今後のデジタル人材にとって不可欠な要素とされています。
変化のただ中にあるからこそ、プロジェクトマネジャーは「点を線に、線を面に」つなぐ視点を持ちたいものです。そしてEAは、その問いに答えるための力強い伴走者です。この記事が、皆さんの実務やキャリアの糧となれば嬉しく思います。

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松井淳
1990年よりシステムインテグレータにて、レガシーからオープンに渡る幅広い技術と、企画から運用に至るシステムライフサイクルでの経験を有するオールラウンドアーキテクトとして、数多くの大規模プロジェクトを技術面で主導。 2019年からアイ・ティ・イノベーションにてコンサルティング活動を開始。 Iasa日本支部代表理事、PMI日本支部会員、IIBA日本支部会員、ITコーディネータ協会会員

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