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ユーザーエクスペリエンスとエンタープライズアーキテクチャ

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前回まで、エンタープライズアーキテクチャとデジタルトランスフォーメーションの関係をとりあげてきました。今回は視点を変え、ユーザーエクスペリエンス(以下、UXとあらわします)に触れたいと思います。昨今、UXという言葉を目にしない日はありません。しかし、それがエンタープライズアーキテクチャ(以下、EAとあらわします)とどう関係するのか?と思われるかもしれません。一般的にEAの文脈でUXが語られることは、まだまだ少ないようです。しかしDXが求められる今こそ、その関係はますます重要になってきたと考えています。

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<UXとは>
UXに似た概念にUIやユーザビリティがあります。似て非なる概念ですが、その違いを説明できる人は多くないかもしれません。さらに「CX (顧客体験)」という概念もあり、専門家ではないわれわれにとってわかりづらい状況にあります。まず、UXとUI/ユーザビリティの違いを見てみましょう。UIとは、ユーザーインターフェース (User Interface) のことであり、ユーザーと製品・サービスの接点、つまり「ユーザーに見えて触れるすべての場所」を指します。例えばWebサイトであれば、画面デザインや、ボタン、遷移テキストなどがUIに相当します。そして、ユーザービリティデザインとは、ユーザーが操作を間違えたりつまずいたり、または、やるべきことを誤解しないように、製品・サービスの品質を改善してその機能を十分利用してもらえるようにする設計行為です。その一方、UXはユーザーの「体験」そのものを指します。だた、UXという概念に定まった定義はなく、様々な専門分野や立場ごとで異なった意味で使われています。現在、UX白書という文書が公開されていますが、UXの概念についてUXの専門家がどんな議論をしているのかを知るのに参考になるでしょう。

大きく見れば、UIはユーザーと製品・サービスとの「接点」を扱い、UXはユーザーの内的で主観的な「経験」を扱うものという違いがあります。そしてUXは今や、製品・サービスを提供する企業にとって競争力の源泉となってきました。その理由として、テクノロジーの発達に伴う情報流通の変化や、ユーザーの抱く価値観の変化などがあげられます。大量のモノがあふれる現在、サービス・製品を差別化できる要因が「ブランドイメージ」や「体験」です。こうした状況はBtoC業界で顕著ですが、BtoB業界でも大きな関心事となっています。一昔ならば、企業同士の取引を中心に考えておれば良かったかも知れませんが、今はその先の「真のユーザー」にターゲットを合わせることが求められるからです。つまり多くの企業にとって、UXに取り組むことが重要なビジネス命題となってきたと言えます。
さきほど、UXに似た概念にCXがあると言いました。ただし、CXとUXの境界線は曖昧です。あえてその違いを強調するなら、CXとは「顧客 (=カスタマー) としてのあらゆる体験」を指す概念と言えるでしょう。つまり、サービス・製品を認識してから購入を検討、購入した場合はそれを使用するという一連の流れのすべてにおける体験のことを意味します。ただ、UXとCXの違いを論ずることはあまり意味がないかもしれません。その本質は、企業を取り巻く多様なステークホルダーの存在を意識し、彼ら彼女らにとって価値ある体験をいかに提供できるかを考えることだと思います。

ここで皆さんに考えていただきたいのです。従来、ITアーキテクトの多くにとってUXとはどこか他人事で、あまりなじみをもってこれてなかったのではないでしょうか。正直に申し上げると私自身も、UIやUXはアーキテクチャとしての主要な関心事ではないと考えていた時期がありました。どちらかというとこれらは、システム開発の一部のお化粧直しのようなもので、その領域の得意なデザイナーに任せておけばよいと。今やその考えは改める必要がありそうです。UX、つまりユーザー経験のデザインはシステムの根幹にあるべきで、システムの形がほぼ出来上がった後で付け足せるようなものではないのです。より良いユーザー体験を提供するにはデザイナー視点だけでなく、ビジネスの仕組みやプロセスをデザインする視点が必要となるでしょう。それに加えて、あらゆるターゲットとつながっていくことから、高度なセキュリティや新しいデバイスへの対応といったテクノロジー面や、それらターゲットから収集したデータをどう利活用していくかといった情報アーキテクチャ面でのデザインが求められるでしょう。ビジネス、テクノロジー、そしてUX、これらはつながっているということです。真のユーザー価値とは、ビジネス、テクノロジー、UX の重なるところに生まれると考えます。

<UXとEA>
多くの企業にとって、UXが競争力の源泉となってきました。その一方で、効果的な実践に落とし込めている組織はまだ少ないというのが現状のようです。その要因は大きく2つあると考えています。1つは現場の担当者レベルが、UXの意義や手法を十分に理解できていないことがあります。しかしこれは、今後多くの実践事例が共有されていくことで改善されていくでしょう。もう1つは、全社的にUXに取り組める体制になっていないことです。ビジネスやテクノロジー観点との連携と、それを推進する人材の育成はこれからと言えます。2007年に経済産業省が「今後のIT人材像」で定義した変革をリードする人材像(「基本戦略系人材」「ソリューション系人材」「クリエーション系人材」)を例に考えてみます。

ざっくり言えば、「基本戦略系」はストラテジストやビジネスアナリスト、「ソリューション系」はシステムをデザインするアーキテクトやエンジニアおよびプロジェクトマネジャー、「クリエーション系」はイノベーティブなクリエータやデザイナーにあたるでしょう。従来、ビジネスとテクノロジーのギャップをなくす重要性については広く認知されてきました。戦略人材とソリューション人材が協調することは世界の潮流とさえ言えるでしょう。

エンタープライズアーキテクチャ(EA)という文脈でも、「基本戦略系人材」と「ソリューション系人材」の溝は埋まりつつあると感じています。これが、EAというパラダイムの意義です。その一方で、「クリエーション系人材」との協調については、まだまだこれからだと思います。これからはこれら人材同士が繋がりあうようなパラダイムが求められます。よって私は、これからのEAは多様な専門人材を巻き込み繋ぐための土台になるべきと考えています。


<業務システムにUXは必要か?>

「結局、UXって顧客接点の話でしょ?自分は社内の業務システムしか触らないから関係ないよ」と思われるかもしれません。業務システム(特に基幹業務システム)は、統制のとれた業務プロセスを実施/管理することを目的に構築されます。よって、担当者が業務をするうえで必要十分なデータを提供出来れば良いと考えがちです。担当者それぞれが自分の担当範囲をやれば良い、ということです。しかしそれは、タコツボ思考に陥る危険性もあります。タコツボ思考は詰まるところ、働く人を受身にして「指示待ち人間」に変身させてしまいます。指示待ち人間が大半を占める組織は効率が悪く、ビジネスの変化への対応も緩慢とならざるをえません。私はここに、DXの大きな阻害要因があるように思えてなりません。
では、どう考えればよいか?従業員が一人一人が刻々と変化する状況の中で自分がいま何を為すべきか自分で考え、判断し、「協働」をより円滑に成し遂げることができるような仕組みこそが、今求められていると思います。前回コラムでも書いたように、DXとは人や組織の変革です。デジタル変革を恒久的なものへ変えるためには、結局は人の変化が不可欠となります。最近は、EX(従業員エクスペリエンス)という概念があるそうです。それは「従業員が会社の中で働くことを通して得る全ての経験」をあらわしますが、本質はUXと変わらないはずです。人は実際に何を体験したかによって変わることが出来ると思います。従業員にどのように振舞ってもらいたいのか、そのためにはどのような体験が求められるのか?そこから業務システムデザインが始まります。ですので、業務システムにおいてもUXのアプローチは不可欠になってくるのではないかと考えるのです。アーキテクトとして大きなチャレンジですが、そのような体験が提供できるシステムをデザインしていきたいものです。

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今回は、UXとEAの関係を考察しました。UXを一過性のトレンドとみなすのではなく、エンタープライズシステムの進化の一翼を担うものとみなすことが重要です。私たちアーキテクトは今後ビジネス領域のみならず、デザイン領域の専門家とより協調していく機会が増えていくでしょう。そのためには、それぞれの専門領域に閉じるのではなく、お互いが対話し理解し合うことが大切です。まず、その第一歩を踏み出しましょう。皆様にとって本コラムが、これからのエンタープライズシステムに思いを馳せるきっかけになれば幸いです。

今年の投稿はこれでおしまいです。来年も、よろしくお願いします!


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松井淳
1990年よりシステムインテグレータにて、レガシーからオープンに渡る幅広い技術と、企画から運用に至るシステムライフサイクルでの経験を有するオールラウンドアーキテクトとして、数多くの大規模プロジェクトを技術面で主導。 2019年からアイ・ティ・イノベーションにてコンサルティング活動を開始。 Iasa日本支部代表理事、PMI日本支部会員、IIBA日本支部会員、ITコーディネータ協会会員

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